無核無兵をめざす宗教者のネットワーク
  Inter-faith Forum for Review of National Nuclear Policy
  原子力行政を問い直す宗教者の会

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Issue

 原子力と地球温暖化

原子力の場から視た地球温暖化


 京都大学原子炉実験所の小出裕章さんが、「環境問題研究会」例会用に作成した」というタイトルの資料を下記ウェブサイトにアップされました。ぜひお読みいただきたくご紹介いたします。
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/kyoto0210.pdf
 
 地球温暖化(気候変動)の原因は、自然現象や、因果関係も逆転することもことも含め、複雑jな要因が絡み合っています。しかしいずれにしろ、先進工業国と呼ばれる国の工業生産活動が、他の問題を含め自然破壊の圧倒的な原因であることは間違いありません。また、原子力自体が、放射能や廃棄物で莫大な環境負荷を与えている上、海水を温めていることの問題も指摘されています。
目次

Ⅰ.地球温暖化と原子力
  京都議定書と炭酸ガス排出権
  原子力発電もまた大量の二酸化炭素を放出する

Ⅱ.原子力利用が放出する二酸化炭素の本当の量
  放射能のごみを生み出す全体像
  ウラン残土すら始末できなかった日本
  どうにもできない使用済み燃料

Ⅲ.地球温暖化問題の本質
  地球温暖化と二酸化炭素との関係
  地球温暖化の要因には自然要因もあるし、人為要因もある
  
Ⅳ.環境破壊の本質
  エネルギーと寿命
  地球の歴史と人類の歴史
  人類の贅沢の陰で絶滅する生物
  環境破壊の責任はごく一部の「先進国」にある
  世界の国々の平均寿命
  危機的な日本の環境
  厖大な温廃水
  少欲知足







 東海村JCO臨界事故

▼東海村臨界事故に対する声明文

東海臨界事故に対する声明文


原子力行政を問い直す宗教者の会

 私たちはこれまでそれぞれの宗教信条に照らし、自身を問い直しながらこの国の原子力行政を問い、そこに許し難い欺瞞と差別の構造を見出し、破滅に向かう行く末を憂慮し警鐘を鳴らしてきた。これらが今、恐怖感を伴いながら実感される事態になった。

 1999年9月30日発生した茨城県東海村の臨界被曝事故は、事故の実態及びそれの対処の状況に於いて、原子力行政が既に破綻しまた機能し得ない現実を思い知らせることになった。そればかりか、私たちが何も知らされないまま被曝を強要され、未来にわたって「原子の火」に殺されるシナリオさえもできつつある。私たちは、この深刻な現実に直面し、私たちが確認し訴えていく最後の機会になるのではないかとの危機感の中で、ここに緊急集会を東京で開催し、主に以下の点を押さえながらこの度の事故の状況を整理し、国との申し入れ・対話を行った。

(Ⅰ)これは国が中性子爆弾を住民に浴びせた「無差別殺人」だ

 
①事故に於ける住民被曝
 臨界という絶対起こしてはならない基本中の基本を踏み誤ったこの度の事故は、それが何ら防護のない所で発生することによって、必然的に大量の中性子線を周囲に撒き散らすことになった。かつ、強い放射線への緊急対処を講ずべき事故直後の4~5時間を放置することによって住民に取り返しのつかない被曝を与え、その後の避難及び退避措置は、本来発生源からより遠くに離れるべき防災の基本を無視し、妊婦や乳幼児を含めた住民に、さらなる被曝を求めることになった。しかのみならず、放射性ヨウ素他の放射性物質も事業所から垂れ流しにされていた事実が、政府が「終息宣言」「安全宣言」を迅速に出した後に明らかになった。

 このようにこの度は、JCO事業所の臨界事故に、行政の人為的あるいは無策故の被曝が加わった事実がある。その責任は大いに問題にされなければならない。特に、国が事故後に地元住民に行った「がん、白血病などの晩発性の影響は実効線量で約200ミリシーベルト以上でわずかながら増加が認められるが、50ミリシーベルトより小さければ心配ない」との説明は、一般人の被曝線量限度を年間1ミリシーベルトに定めたICRPの勧告値をいきなり50倍許容させることを意味し、年間5ミリシーベルト以上の被曝で自血病が労災認定される基準に照らしても、あまりに暴力的と言わざるを得ない。

 ②緊急作業による労働者被曝
 臨界を終息させるための水抜き作業等でJCO社員が大量の「計画被曝」を余儀なくされた。緊急作業時の職業人被曝線量の上限値100ミリシーベルトの根拠は問題であるが、今回はそれすらも越えて被曝する労働者が続出した。事故現場で大量被曝した3名の作業員以外にも多くの人がこのように職業的な被曝を強要される事態となったことについて、その責任を問うていかなければならない。

 ③データの公開と正確で納得のいく説明を求める
 この度の事故に於ける避難・退避措置及びそれらの解除の根拠となったであろう住民の中性子線被曝線量データはしぱらく明らかにされなかった。中性子線の距離、放射性物質の核種やその拡散状況、被曝の実態の正確な把握は住民にとって自身の命を守る最低限の人権的次元のものだが、いまだ不透明のままだ。国はこれらの基本データを公開した上、正確で納得のいく説明を施す義務がある。

(Ⅱ)原子力防災を国に任せては危ない

 ①「原子力災害対策特別措置法」は
 原子力防災に関しての新法の法制化が急ぎ進められている。これは、国の一元的統制の下で権限を国に集中させて住民対策も講じられ、情報管理も一段と進むことが懸念される極めて危険な新法である。

 この度の事故に於いて、国は対策本部設置等の事故への対応が著しく遅れ、適切な情報提供も行っていない。国は何もなし得なかったばかりか、その後の措置では住民への不要な被曝を強いることになった。今回の事態を踏まえれば、初動できなかった国が地元自治体に替わって原子力防災の独占的一元的管理を強化することは、住民の安全面からも防災の基本からしても大いに問題であることがわかる。新法制定によって、住民を汚染から脱出させるよりむしろ閉じ込める方向、住民の避難行動を今まで以上に妨げる方向により作用されることに危惧感を禁じ得ない。住民の生命ではなく、国の原子力推進体制を守るために、住民が事実を知らされないまま行政によって殺される状況が生み出されることが予測される。同法案の廃案と抜本的な再検討を求めたい。

 ②「2000年問題」との関連で
 原発の運転に関し、「2000年間題」が大いに憂慮されている。基幹部分の対策がなされようとも、人為ミスを含んだ些細な原因で複雑に事故を招き寄せる未知なる不安は解消されておらず、京都での大規模な停電等に見られるような前兆的なトラブル例も一部で起きている。

 臨界事故後の折りでもあり、当面、緊急で最良の防災対策として、電力需要の底をつく年末年始に原発や核施設の停止、総点検を実行すべきである。

(Ⅲ)原子力・エネルギー政策の転換を

 この国の原発・核施設の事故はこのところ頻発し、しかも明らかにレベル・アップが進んでいる。この度の事故は、政府発表ではレベル4だが実際には所外へのリスクを伴っており、レベル5の事態といえる。ここで根本的な政策転換をせず、これらの事故を軽視し続けるならば、近い将来レベル6~7クラスかそれ以上のカタストロフィは必定である。

 言葉を替えれば、政策転換のチャンスということだ。世界的な原発政策特に再処理路線からの撤退、再生可能なエネルギーの選択という潮流からしても、国のメンツを何ら損なうことなく大転換が可能なはずである。

 私たちが97年10月にまとめた「『国策』=原子力政策の転換を求める提言」
  1.再処理・プルトニウム利用からの撤退
  2.原発不増設、アジアヘの原発輸出禁止
  3.既設原発とその核廃棄物の後始末
  4.被曝労働者の安全・救護対策
  5.省エネ対策・新エネ開発
これらの真剣な検討が、この度の事故による世論の変化を踏まえ、民主的で公明正大な議論の上でなされることを要求する。
                                  1999年11月16日

▼東海村住民 藤井学昭氏からのお礼とお願い

 東海JCO臨界被曝事故にたいしての
 お見舞いの御礼とお願い


1999年10月20日
東海村  藤井 学昭

 9月30日のJCO臨界被曝事故にあたって、全国の皆さんからお見舞いとご心配のお気持ちを多数いただき誠にありがとうございました。たまたま繋がった電話先からは、一様に「何と申したらいいか言葉になりません」という本当にありがたいお言葉をいただきました。そうなのです。今回のこの事故は、まさに私にとっても言葉にならない、目に見えない臭いもない放射能による「不安と恐怖」に打ちのめされた日々でありました。人間の声が、手紙の文字がこんなにもあたたかいものかと感じたことはありません。本当にありがとうございました。

 当日は雨上がりのいいお天気でした。10時35分に事故が発生し、住民への連絡は12時30分という通報の遅れです。その2時間の間には、ごく普通の日常生活がそこにはあったのです。幼い子供が遊び、妊婦さんが散歩をし、当たり前のお昼ご飯があったのです。私もその一人でありました。本当にさわやかな晴天であったのです。

 どのような経過をたどって今回の事故が起きたかは少しづつあきらかになってきました。原子力産業の会社がどれほどいいかげんなものか、許認可を与えた国の責任があまりにもひどい内容であったか。行政の防災の在り方が何もなかったことへの怒りや、等々。

 しかし地域住民にとっての問題は、外部に放出された放射能とは何なのか。その恐怖を与えたことにほかならないのです。臨界事故によりどのような放射線が、放射性物質がどうのように飛散したのか、その範囲は、量は、種類は何か。それが住民である私たち一人一人にどのような影響と意味をもつものなのか。「ただただ安全だ」と言う言葉だけが一人歩きをしています。よくも悪くも事実を知りたいのです。そのための基本的なデータがいまだに出ておりません。私たち地域住民は少なからず被曝をしているのです。将来にわたる不安と恐怖をもち続けて今を生きているのです。

 原子力産業に従事する作業員をはじめ近隣の住民に、どれだけ被曝者を作り続けたら済むのでしょうか。

 私たちが守るべきものは何でしょうか。この前の戦争末期、国体護持の名目でどれだけの人々が殺されていったのか。日本のエネルギー政策(原子力)を守るためにどれだけのいのちが殺されなければならないのでしょうか。私たちが守るべき生活とは何でしょうか。

 どうか皆さん、この東海村に思いを馳せてください。まだまだこれから大変なことになっていきます。差別と偏見をも生み出していくでしょう。どうかこの国が国是としている原子力政策に対し怒りの声、悲しみの声を発してください。国家・原子力産業に対して、また自らに対しても。それが何よりのここ東海現地住民に対する声援です。東海村住民にとって原子力とは、国家による無差別殺人であるとはっきりと見えてまいりました。

 この辛さ、悲しみを全国の皆様に発信いたします。

▼一人の女性住民の声(毎日・茨城県版より)

99,10,11 毎日新聞・茨城県版
女の気持ち
 
「消えない不安」


 「お願いだから引っ越して」。母からの悲鳴のような声が、いまも耳に残る。

 結婚して東海村に住んで15年になる。当初は夫の勤務先が原子力関連企業ということもあり、なんの不安も感じなかった。

 でも、その神話は2年半前の再処理工場の事故で消し飛び、知れば知るほど原子力は怖いと思うようになった。これは「過ち多い人間が操っていいものだろうか」――と。

 そして、今度の臨界事故。夫には、いまの仕事を辞めてほしいと思う。だが、この不況の中で、おいそれと次の仕事が見つかるわけがない。これから学費のかかる子どもや家のローン、仕事に誇りを持っている夫の気持ちを思うと――言えない。

 だから、ここに住む。原子力のおかげで生活の糧を得ているのだから、そのリスクも負うべきだと思うから。原発に賛成する人は、原発施設の近くに住んでほしい。この不安と恐怖を体験してみてほしい。

 安全な場所から、ものを言うのは簡単だ。発生当初、今回も政府のお偉方はここに来ようとはしなかった。そして「大丈夫だ、心配ない」という。でも不安は消えない。

 「引っ越せ」という年老いた母からの電話を切って、大きなため息をつく私。子どもたちには原子力関係の仕事には就かないでほしい、そう願っている。

茨城県東海村  匿名 主婦・39歳)