無核無兵をめざす宗教者のネットワーク
  Inter-faith Forum for Review of National Nuclear Policy
  原子力行政を問い直す宗教者の会

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Books

書籍のご案内


総ヒバクの危機
−いのちを守りたい−

編集 原子力行政を問い直す宗教者の会
発行 遊学社
定価 2500円

真宗ブックレットbX
「いのちを奪う原発」

発行 真宗大谷派宗務所出版部(東本願寺出版部)
    京都市下京区烏丸七条上る 075-371-9181
2002年1月30日
定価 500円
目 次
「豊かさのいけにえ」          長田 浩昭
  
−原発を認めてきた時代と私たち−
原子力の虚像と実像          藤田祐幸
「ヒバク」その悲しみの時代      藤井学昭
  −東海臨界被曝事故から見えてきたこと
インタビュー
 未来ある若者たちへ          嶋橋美智子
  −白血病で死んだ息子が残してくれたもの
インタビュー
 事実を言い出さなければ、伝えなければ
                  河本一也 中嶌哲演
『ヒバク−原爆被爆、原発被曝』    村田三郎
   その差別の構造

インタビュー
 能登半島の小さな町で起こっていること
                         塚本真如
原発から見えてくるもの         玉光順正


講演録 『長崎』全国集会
テーマ「ヒバク−原爆被爆、原発労働・住民被曝−」

編集・発行 原子力行政を問い直す宗教者の会
2001年9月26日
販売価格 500円
目 次

講演1 村田三郎さん(阪南中央病院医師)

講演2 柴田利明さん
(長崎在日朝鮮人の人権を守る会)

問題提起 川口義啓さん(原発労働者)

問題提起 矢田部裕子さん
(JCO事故被害者の会)

問題提起 パクミンギュさん(朝鮮人被爆者)

講演3 藤田祐幸さん(慶応大学)

総括報告 鶴谷忠男(日本キリスト教団牧師)

宗教者の会総括 −長崎から見えてきたもの−
   東海林 勤(日本キリスト教団 稲城教会牧師)

寺下力三郎とわれら
―六ヶ所村の闘い―



著者 岩田雅一
発行 日本キリスト教団 八戸北伝道所
    青森県八戸市石堂1-20-15
    郵便振替 02370-2-22936
1999年7月1日
定価 2500円
デーリー東北 99,7,5) 開発反対の半生記録

八戸の岩田さんが「寺下力三郎とわれら」


 むつ小川原の巨大開発と核燃サイクル事業に一貫して反対を貫き通している六ヶ所村の寺下力三郎元村長の半生をつづったヒューマン・ドキュメント「寺下力三郎とわれらー六ヶ所村の闘い」が一日、刊行された。反核燃運動を寺下氏とともに闘ってきた日本キリスト教団八戸北伝道所の岩田雅一牧師が著したもので、同伝道所が開設五周年を記念して出版した。

 寺下氏は開発基本計画が決定した1972年、村長として開発反対を表明。翌73年の村長選で落選したが、その後も在野から「住民不在の“虚大怪発”」「核燃は核のごみ捨て揚」と終始反対し続けている。


 著者の岩田氏は82年、八戸市の教会に牧師として赴任。反核燃団体「死の灰を拒否する会」の活動を通じて寺下氏とともに闘った半生の記録、その存在と生き方をドキュメントにまとめた。

 「国家に対峙(じ)した人・寺下力三郎」「原子力発電を問う−国の政策・社会構造的問題」「八戸北伝道所開設」「六ヶ所村写真集」に、同村在住のフリーカメラマン島田恵氏の記録写真も添えられたモノクロ写真と文章からなるフォト記録集。

 岩田氏は「寺下力三郎氏(現在闘病中、86歳)について書くことは、私にとって最も幸福な仕事だった」と語り、続いてこれまでの取材テープを基に『寺下力三郎・語録集』の執筆に意欲を見せている。

 A4変型判百n、2500円。同伝道所が五百部を出版した。十日午後六時から、八戸プラザ・アーバンホールで出版記念会が開かれる。申し込みは同伝道所まで。



知られざる原発被曝労働
―ある青年の死を追って―

著者 藤田祐幸
発行 岩波ブックレット 390
1996年1月22日 第1刷発行
定価 400円


知られざる原発被曝労働
       ―ある青年の死を追って―

(本文 あとがき より)

 タクシーの運転手や炭鉱労働者の臓業的リスクと被曝労働者のそれとを、はたして同列に扱ってよいものだろうか。交通事故や落盤事故は、確かに統計的に整理すればある一定の確率で起こっていて、ある一定の割合で犠牲者が発生しているかもしれない。しかし、このような事故は、機械や装置や構造に故障や欠陥があったり、使用者側の意識に問題があったり、本人の不注意があったりして、それぞれ原因を特定することができ、また、こうした事故を防ぐことが原理的に可能である。

 しかし、原発被曝労働者の場合には、被曝すること自体が労働の本質でありノルマですらある。原子力産業はある一定の人数の労働者が死んでいくことを前提にして存在する。労働者の使い捨てによって成立しているといっても過言ではない。被曝労働者は、生きているかぎり発病の恐怖の中で無権利状態に放置され、その実態はあたかも現代社会の恥部であるかのごとく闇の中に隠されている。

 労働者の被曝による利益が、もしあるとするならば、それは労働者にではなく、会社側にある。原発が国策に従って推進されているのであれば、その利益はもっばら国家が享受することになる。ある行為の受益者と犠牲者とが人格的に分離していることは、近代の一つの文明論的な特徴でもあり、また伝統的な奴隷労働の形態とも一致する。

 これは、合法的であるが極めて不当な労働であると、私は思う。私たちは、この不当な労働に支えられた「便利で豊かな生活」に首までどっぷりとつかってしまって、電力を生産している現場のことを思うことがない。思わなかったのではなく、知ろうとしてこなかっただけなのかもしれない。

 原発老朽化時代を迎え、しかもその原子炉を廃炉にする日も近づいてきた今、被曝労働問題は一層深刻の度を加えている。しかもなお、世界全体が撤退してもなお、プルトニウム利用に執着することで、さらに過酷な被曝労働が増加することになるだろう。大量の放射性廃棄物は、世代をこえて我々のはるか遠くの子孫をまで、被曝の恐怖の中に追いやることになるだろう。

 一人の誠実な青年が死をもって我々に伝えようとすることの意味は、限りなく深く重い。私たちはもはや目をそむけるわけにはいかない。

 嶋橋伸之さんの死を無駄にせず、この悲劇がこれ以上繰り返されないことを願い、このブックレットを青年の霊前に供える。合掌。


息子はなぜ白血病で死んだのか
著者 嶋橋美智子
発行 株式会社 技術と人間
    東京都新宿区神楽坂3-6-12
    〒162-0825 振替 00170-7-192694  03-3260-9321
1999年2月15日
定価 1900円+税
書評  『息子はなぜ白血病で死んだのか』

長田 浩昭 (真宗大谷派)

 能登半島で志賀原発が稼働する頃(93年)だったと思う。そこで出会った一人の老人の言葉と冷めた眼が忘れられない。原発反対のビラをかかえて一軒一軒を歩いていた私は、たまたま農作業をしていた老人を見つけ話かけていた。その時の記憶はもう定かではないが、おそらく未来の“いのち”のことを考えて原発だけは許したらいけない、ということを私は話していたのだと思う。その時に老人が口にした言葉だけは忘れることはできなかった。

 「子供も孫も、わしにはおらん。どうせ、戦争で一度は捨てた“いのち”や。何か事故でもあったら、みんな一緒に死んでしまえばいいやないか!」

 その時の自分に、返す言葉は持ち合わせていなかった。

 今振り返ってみると、その老人の言葉の背景にある戦争という重みと、未来に対するアキラメと絶望をひしひしと感じてしまったからだった。戦争で青春時代を奪われ、封建的な家制度の習慣が、子供に恵まれなかったということだけで未来の設計図を奪っていったのだろう。さらに、日本の農業政策の中で土と共に生きる誇りを奪われ、圧倒的な力と金によって原発を押しつけられていった、その老人の人生と、過疎と言われる現実をすべて物語っていたように思う。そして、推進派の人々が原発に反対する人間に向ける、いつもの敵対した眼ではなく、氷のようにすべての事柄に対して冷え切った眼だったことが、私の中で返す言葉を失わせていったのだと思う。

 しかし今、もう一度その老人に逢いたい。嶋橋さんの『息子はなぜ白血病で死んだのか』という一冊の本を携えて…。

 この本の前半は息子・伸之さんの被曝労働に携わるまでの生い立ちと、その結果訪れてしまった白血病のすさまじい闘病記録である。我が子の死を、これほど刻銘に記さねばならなかった嶋橋さんのその悲しみと、決意にだじろいでしまった。しかしこれが、原発によってもたらされた事実だということを、あらためて見つめなければならない。

 私の出会った老人は、決して原発を好んで誘致したわけではない。たとえそうであっても、原発を認めてしまう以上、その原発によって“いのち”を奪われていく人々を、生み出してしまうという事実を伸之さんの死は語っている。その事実に眼を向けなければ、自分が奪われてしまった以上のものを、奪ってしまっていることに気づけないのではないか。

 もう一度その老人に逢えたら「それが、私たちの生きるこの国の構造であり、あなたから色んなものを奪った相手なんだ」と伝えたいのです。
 そして、そんな簡単に人は死ねないのだという現実を、伸之さんの闘病記によって嶋橋さんは語っているのだと伝えたいのです。

 この本には
 反原発の科学者や専門家、知識人 の方々は原発の構造や危険性の知識 を十分お持ちでしょう。しかし、一 般の方々や主婦の方々、学生さんなどは「原子力は安全でクリーンなエ ネルギー」と信じておられるのでは ないでしょうか。
 私もその一人でした。 
 ですから、「未来のエネルギー、 科学の先端を行く原子力発電所」に息子を喜んで就職させました。

という嶋橋さんが、伸之さんの死に直面し、労災を勝ち取るための闘いの中で見えてきたものが、次のように語られている。
 こうなりますと原発で電気を作る 電力会社との闘いというよりも財閥 を頂点にした日本の巨大企業グルー プとの闘いということになります。 あるいは国策として原発を推進する 政府との闘いといってよいのかもし れません。いろいろな先生方のお話 をうかがって今まで見えていなかっ た大きな相手の姿をおぼろげながら もつかむことができるようになりま した。

 この嶋橋さんの心の展開に、私は大きな感銘を受けた。一人の人間の死を通して、その背景にある大きな課題に眼が開かれていったことにである。

 数多くの闘病記が出版され話題になったりしているが、同情や哀れみや、家族の頑張りに対する賞賛のものが多いのではなかろうか。しかし、一人の死を通して、その苦しみの背景に眼をすえ、残された者たちの人生の課題として、死を担い続けるという姿に接することは希である。 その意味において、この本は闘病記ではなく、残された者たちの人生の課題を明らかにした闘いの書であり、労災を勝ち取るという闘いの中で、亡き伸之さんと共に歩いた記録でもある。

 そして、その歩みを支えたものこそが、労災申請時の記者会見の中で嶋橋さんが言われた、「こういう悲しみに泣く家族は、私達で最後にしてほしい」という願いであったのだと思う。

 第2、第3の伸之さんを生み出したくないという嶋橋さんの願いは、生前伸之さんに出会ったことのない私の中に確実に根を下ろしている。


「国策=核燃サイクル」を問う
―今、宗教者として―

編集・発行 原子力行政を問い直す宗教者の会
1996年6月10日
販売価格 1000円
目 次
巻頭言
1 第3回 「六ヶ所」全国集会の記録
  開会挨拶                  坂井 留吉
  祈り                      大和 永乗
  趣旨説明                  梅森 寛誠
  発題1                    長田 浩昭
  発題2                    千葉 仁子
  発題3                    岩田 雅一
  発題4                    朴  在完
  講演「六ヶ所の50年」          鎌田  慧
  報告 六ヶ所村の現状          菊川 慶子
  現地の人々との交流会

2 寺下力三郎 元村長インタビュー
  国家に対峙した人・寺下力三郎
3 「国策」と宗教―六ヶ所集会を受けて―
  キリスト教の問題            東海林 勤
  大本の平和運動とその課題      森田 善久
  一仏教徒として              梅森 寛誠

4 資料
あとがき
巻 頭 言     集会代表  岩田 雅一

 国家とは、いったい何か。
 「それは軍隊と監獄に典型的に顕現する一つの力であって、それを具体的に考察することなしには、いかなる国家論も空文と化す」,71高橋和巳。
 「国家とは暴力支配であり、非キリストである」 
    三里塚・芝山連合新東京国際空港反対同盟委員長 戸村一作
 これら国家と「向き合う」思索、闘争を経験した者にして、はじめて、このような「本質把握」をなしうるのであろう。

 今年、三里塚闘争30周年ということで、私は求められて以下の連帯メッセージを送った。
「私が『三里塚』に見てきたのは、日本という国家が、国益や公共の福祉の名のもとに、民主主義の否定というか、およそ民主国家に値しないこの国の現状を作ってきたということでした。つまり、『国家が絶対』という過った思想の実践を三里塚で大々的に展開し、農民から土地を暴力的に収奪し、抵抗するものを権力で排除・弾圧し且つ断罪したという事実。すでに論理破綻をきたしている事を、ただただ国家の威信のためにしてきた強権的国家の姿、それゆえに国家の破産というほかない事態でした。『国家犯罪の典型的な事例』である新国際空港建設に対し、30年間果敢に闘ってこられたことに敬意を表します。しかしまた、すべて『基地』と名のつく場におけるこの国の現状は、どこも同じです。どうか志を高く掲げ、闘いを持続してくださいますように」
 《六ヶ所核燃料サイクル施設》は、国のエネルギー政策の根幹的事業、基本政策として重要な位置を持つ。それは施設というよりは、本質からして「基地」であり、国の政治・経済戦略上重要な拠点であって、「六ヶ所」は「成田」や「沖縄」と連動している。プルトニウムの段階で、原発問題はすでに「エネルギー問題」の域を超え、軍事と一体化した「日本の大国化・核武装化」の方向を明確に取るものと見うる。

 1995年7月、「原子力行政を問い直す宗教者の会」は、このような「六ヶ所村」で、第三回全国集会を開催した。「戦後50年」という年、「六ヶ所村」で開催したことは、はかりしれなく大きい意義をもったと思う。かつて富国強兵、大陸への侵略戦争に発展した日本の近代化、そして戦後、侵略として地方を襲撃した巨大開発。それら国策に翻弄され犠牲とされ、現在は「膨大な核のゴミ投棄」、世界に突出する高レベル・再処理など、矛盾と危険の一大集積化が日々進行する六ヶ所村…。

 私たちは、「“今、宗教者として”現地住民の止むに止まれぬ訴えに呼応し、歴史に肉薄し、共々に重い課題を担っていくためのはじまりとしたい」と願って集会を持った。結果として、私たちが願いまた志したことに遠く及ばなかったかもしれない。しかし、《「核燃サイクル」は、責任を回避して、地元の人々を圧殺する、国家の犯罪行為である。≫と宣言文に明確に述べることができた。
 集会代表として、私は今、「一つの責めを果たした」心境である。


あ と が き


★ 六ヶ所集会から、一年が過ぎようとしている。昨年同様に、この一年、いろいろな事があった。しかも、「国」というものの根幹を揺さぶることばかりである。新潟・巻町の住民投票条例の可決。「もんじゅ」の事故。そして一方において、沖縄の基地問題、薬害エイズ訴訟。どの問題も、根幹においては同じ質を持っているように私には思える。それは、国家と民衆。「国」というものによって踏み続けられてきた民衆の声が、初めて多くの国民の耳に届いた事件だと位置付けていいのではないだろうか。

 薬害エイズ訴訟の原告の一人、川田龍平君は
「たくさんの仲間たちが殺されてきた。僕はもっと生きたい。生きて、この国をもっと責任をはっきり認める社会にしたい」
と言った。また沖縄の高枚生、仲村清子さんは
「沖縄の人々は基地がある故の弊害だけを問題にしているのではないのです。誰かに押し付けたいとも思っていません。だってそれでは悲劇を増すだけですから」
と訴えた。この若者たちの叫びは、六ヶ所の人々や各地の原発立地地区住民の思いとも共通するものである。これらの声を「いのちの叫び」として受け止め、その責任を担っていくところに人間としての使命があるのではないか。

★ 編集も大詰めになった頃、電話が鳴った。珠洲市に住む祖母の死を知らせる電話だった。明治、大正、昭和、平成という時代を生き、5月の冷たい雨に打たれながら、95年の人生を川の水の中で終えていった。なぜ、祖母が夜中に川に入ったのか、それはもう知るよしもない。しかし、私は自殺だと受け止めている。かと言って、祖母を責めているわけでも、誰かを責めているわけではない。ただ、自殺だと思う。同時に、不謹慎だと言われるかも知れないけれど、「祖母らしいなあ」とも思う。

 珠洲市の農村地帯に生まれ育った祖母は、実に真面目な実に気丈な人であった。一生懸命に田を守り、家を守り、ある意味では自然を尊び生きたのだと思う。そして、人に迷惑をかけないという信条は、息を引き取るその瞬間まで貫いた。病院のペットで祖母が言った、「生きとることが、みっともない(恥ずかしい)…」という言葉が忘れられない。

 また、自然を尊びながら、孫たちの顔を見ると「こんなサザエの尻尾のような所では、出世はしない。都会に出ていっぱいお金を儲けるんやぞ…」と言い続けたのも祖母であった。それは同時に、慎しいながらも豊かな自らの生活を卑下することにもなっていた。

 それらは明治以降の教育の成果であり、この国の価値観が生み出した悲劇であり、必然であるのだと思う。近代という時代は、アジアの人々を侵略し、多くのいのちを奪った。そして、その価値観は同時に、私たち自らの“いのち”をも奪っていくことを、祖母は私に教えていったのではないか。そしてその祖母の一言一言から、私は原発を誘致する土壌があることを感じ続けてきたのです。

 原発立地地域には、そのような自己矛盾が渦巻く。だからこそ、その珠洲市の農村地域が、原発を推進する勢力の最も大きな地域と化してしまっている。その3年前に行なわれた珠洲市長選挙が無効となり、再び選挙戦が始まろうとしている。

 確かに、この国の国策は揺らいでいる。一人のいのちが尊ばれる国を願って、選挙戦に入ろうと思います。

★ 最後になりましたが、出版にあたって多くの方々にご迷惑をおかけしました。特に、結成集会の報告集に引き続き、表紙のデザインをお願いした久万寿恵美さん、そして滋賀凡愚舎の岸本恵さんには何度もお手数をかけてしまいました。そして、私の連れ合いや、岩田氏、藤井氏の連れ合いさんをはじめ、テープ起こしから編集、出筆と何らかのかたちで直接時間を費やしていただいた方々のご家族には、様々な負担をかけたことと思います。ここに厚くお礼申し上げます。

長田 浩昭



「原子力行政を問い直す宗教者の会」
結成全国集会報告集
―立花正寛さんを追悼して

編集・発行 原子力行政を問い直す宗教者の会
1994年7月 4日
販売価格 500円

目 次

1 「原子力行政を問い直す宗教者の会」
   結成全国集会の記録
  開会挨拶                  堀部 知守
  祈り                      大和 永乗
  基調報告1                中嶌 哲演
  基調報告2                立花 正寛

  基調報告3                斉藤 征二
  各地からの報告              岩田 雅一
  各地からの報告             塚本 真如
  各地からの報告             木村 武志
2 座談会
    「原子力行政を問い直す宗教者の会」結成にあたって
3 敦賀市長との交渉
4 追悼 立花正寛さん
5 結成全国集会までの歩み及びその活動
    これまでの経過報告  梅森寛誠
6 資料編
    92「10月行動」報告集 他