無核無兵をめざす宗教者のネットワーク
  Inter-faith Forum for Review of National Nuclear Policy
  原子力行政を問い直す宗教者の会

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原子力行政を問い直す宗教者の会及び関連団体による政策提言

大飯原発再稼働に反対する要望書
 
     2012年5月30日
福井県知事 西川一誠様  
    原子力行政を問い直す宗教者の会
福井県世話人
中嶌哲演(真言宗御室派)
岡山巧(真宗大谷派)
西條由紀夫(日本バプテスト連盟)
代表世話人(事務局)
       長田浩昭(真宗大谷派)
大河内秀人(浄土宗)
内藤新吾(日本福音ルーテル教会)
       
大飯原発再稼働に反対する要望書
 
 今、大飯原発再稼働問題について、経済(雇用や電力需給も含む)や技術的(安全性)な視点だけで議論されていることに怒りと悲しみをもって諫言いたします。

 私たちは1993年の会結成以来、原発問題は軍事問題(核兵器との関係性)であること、そして、被曝(労働者・住民)の悲しみを本質としていることを訴えてまいりました。また、先月17~18日、「2012フクシマ全国集会」(テーマ:今、フクシマにて共に悩む―怒りと悲しみの<こえ>に呼び覚まされて―/会場:福島市コラッセ福島)を開催し、別紙のアピールをまとめ、翌19日に福島県と日本政府に要望を伝えました。
 これらを踏まえ、真実を問い続ける宗教者として<いのち>に立って、大飯原発の再稼働に反対し、以下2点を要望いたします。
 
1、フクシマ原発震災の悲しみを共有すること
 フクシマ原発震災は想定されていた地震(津波)であり、想定されていた事故でした。私たちは、生きとし生けるものや、大地・空・海を被曝させた罪を懺悔し、再びこの痛ましい出来事を繰り返さないために全国から集まりました。
 当会のメンバーを含めて福井県内にも福島から避難されている方がおられます。3.11以降の苦難の話をお聞きすると胸が痛みます。ところが、フクシマから怒りと悲しみの<こえ>が発せられているにもかかわらず、国は未だにこれまでの原子力政策そのものの過ちを認めることなく、真の謝罪さえもありません。それどころか、経済原理に立って大飯原発の再稼働へと突き進んでおります。こうしたフクシマへの無反省・無感覚は、<いのち>の尊厳を見失っていると言わざるをえません。
 知事は、国の意向の伝達者となることなく、住民の<いのち>の叫びを丁寧に丁寧に聞きとり、国の原子力政策の見直しを求めること。
2、原発稼働は被曝(労働者・住民)が前提となる愚かさに目を覚ますこと
 私たちは、先の戦争責任を問うことを通して同じ国策である原発問題を明らかにしてまいりました。国家を強大にするために、絶対化された神話のもとで武力によって<いのち>を傷つけたのが戦争です。情報操作によって真実を閉ざし、国民に我慢と忍耐を強要しました。原発問題はこの歴史に重なる迷いの構造を抱えております。
 つまり、この半世紀、国は原子力という新たな力をもって、強大な国家を目指そうとしました。そして、「安全神話」と「必要神話」という二つの神話をたれ流すことによって、私たちは「安全でないのに安全」「必要でないのに必要」だと思い込まされてきたのです。その結果、弱い立場の人々や自然環境に負担と犠牲が押しつけられ、被曝(労働者被曝、住民被曝)の悲しみは覆い隠されました。
 フクシマを経験した今、原発の稼働は、被曝が前提となる愚かさに目を覚ます時が来ています。その被曝を、飛行機や喫煙のリスクと同列に評価することはできません。なぜならば、そこに選択の自由はなく、一方的に受忍を強いられるからです。その痛み、<いのち>の叫びは、戦争で犠牲になった人々の声なき<こえ>でもあります。
 大飯原発再稼働は<いのち>の道理に背き、愚行以外のなにものでもないことを深く自覚すること。 
 
以上
 


2012フクシマ全国集会 アピール
 
原子力行政を問い直す宗教者の会
2012フクシマ全国集会 アピール
集会開催案内
 
  「原子力行政を問い直す宗教者の会」では、久しく警告してきた「総ヒバクの危機」が現実となったこの時、全国各地から、その現地となってしまった福島に集い、私たち一人ひとりが、その危機をくい止めることができなかった非力と罪を見つめ、福島の人々の深い悲しみと怒りの中に身を置いた。4月17〜18日「2012フクシマ全国集会」会場:コラッセ福島、テーマ:今、フクシマで共に悩む!―怒りと悲しみの〈こえ〉に呼び覚まされて―

 「ただちに健康に支障を与える値ではない」は何度聞かされただろうか。今も安全キャンペーンは幾重にも張りめぐらされ、福島県民、特に子どもをもつ親たちを困惑させ、思考停止から分断、さらには対立へと導かせ、疲弊させている。実際は国が本来子どもたちを避難させるべき放射線管理区域の値を、優に超える環境の中に、子どもを含め留め置いたままであるにもかかわらず。

 そして私たちは、そうした安全キャンペーンを根拠づけるものがICRP(国際放射線防護委員会)にあるととらえ、その歴史と思想性を学んだ。すなわち「放射線被曝防護」の基準が、人々の命や健康ではなく、原子力産業を守るために定められたことを。「ヒバクを強制する側がそれを強制される側に、ヒバクがやむをえないもので、我慢して受忍すべきものと思わせるため」の基準であり、手段であることを。

 こうした考え方のもとに、これまで幾多のヒバク労働を生み出させ、フクシマの「緊急時」には、その基準をつり上げてまで、我慢、受忍を強要させてきた。「いのち」の原則は、「疑わしきものには近寄らず」であり、国の施策は間違っている。

 棄民を生み出す国策の姿が今はっきりと立ち現れた。「いのちの尊厳」に立脚する私たちは、これらの実態を看過することはもはや許されない。私たちは最も弱い立場の人々の側にいなければならないからだ。安全がないのに「安全」「安全」と、平和がないのに「平和」「平和」と欺されようとしている状況を前に、悲しみにまで深められた怒りの思いを抱きつつ、以下を要望する。

 
     
≪1≫福島県への要望事項

宛先:福島県知事 佐藤雄平 殿

▼要 望

①子どもの保養(避難・疎開)企画を支援する事業の対象を、県内だけでなく県外にも拡げること。

②『放射線副読本』を用いないこと。

≪2≫日本政府(関係省庁)への要望事項

宛先: 経済産業大臣    枝野幸男様
  厚生労働大臣  小宮山洋子様 
原発事故収束担当大臣 細野豪志様
文部科学大臣 平野博文様
復興大臣 平野達男様

▼要 望

①低線量内部被曝の影響については、世界の専門家の間でも意見の大きく分かれるところであるので、福島県に住む方々が、避難・残留どちらの選択をする場合にも、その選択の自由と生活の保障、また長期にわたる医療保障をすること。

②国はこれまで原発の危険性を隠し、推進をしてきたことを、国民に謝罪すること。

③放射線副読本の内容を再検討すること。

④全国どこの原発についても、再稼働をしないこと。

 


在日米軍横須賀基地への原子力空母の配備への反対と要望
2008年12月12日
内閣総理大臣 麻生太郎 殿
外務大臣 中曽根弘文 殿
防衛大臣 浜田靖一 殿
在日米軍横須賀基地への原子力空母の配備への反対と要望
原子力行政を問い直す宗教者の会
 共同世話人
 長田浩昭 (真宗大谷派)
 岡山 巧 (真宗大谷派)
 内藤新吾 (日本福音ルーテル教会)
 大河内秀人 (浄土宗)

  2008年9月25日、横須賀市民の七割を越える住民が反対しているにもかかわらず、米原子力空母ジョ-ジ・ワシントンが強制的に横須賀基地に配備されました。わたしたちは以下の理由によりこの配備に断固反対し、抗議します。

<理由.>
1. 横須賀市民の反対する最大の理由は「原子炉(原発)を2基も積んだ空母が入港した」からです。(福井美浜原発1号炉[34万kw]の2基分以上に相当) もし一旦艦船で事故が起き、放射能漏れが起きれば、その被害は計り知れず、神奈川県、首都圏全域に及びます。
2. にもかかわらず米軍は空母の原子炉の設計、構造等を「軍事秘密」の名のもとに一切明らかにしていません。しかも「市民の生命の安全を守らねばならない横須賀市(長)」にも一切明示していません。これでは市民を事故から守ることなど全く不可能となります。しかも、日本政府は空母の「安全調査・審査」を実施しないということです。「米政府、米軍関係者が安全だと言っているから安全だ」というのがその理由です。これは何の証拠も提示されないで「信じればよい」と脅迫されているに等しいものです。
3. また、横須賀のある三浦半島の断層群は、全国の主要な活断層の中でも地震の発生率が高いグループに属しており(平成14年、文部科学省地震調査委員会)、地震発生時に津波などによる座礁や岸壁への衝突などの不安を禁じえません。
4. 政府は「日本国と日本国民を守るため、日米軍事強化を一層推し進める」といいます。「原子力空母の配備はその一環だ」と言われますが、「原子力空母が横須賀基地に存在すること自体が恐怖そのもの」です。
5. 随って、本気で「国民の生命を守る」意思がおありならば「空母」を一刻も早く米国へ帰港させて下さい。


 以上、「空母の配備」に断固として抗議し、「配備の撤廃」を強く要請します。

在日米軍横須賀基地への原子力空母の配備への反対と要望
2008年12月12日
内閣総理大臣 麻生太郎 殿
外務大臣 中曽根弘文 殿
防衛大臣 浜田靖一 殿
在日米軍横須賀基地への原子力空母の配備への反対と要望
原子力行政を問い直す宗教者の会
 共同世話人
 長田浩昭 (真宗大谷派)
 岡山 巧 (真宗大谷派)
 内藤新吾 (日本福音ルーテル教会)
 大河内秀人 (浄土宗)

  2008年9月25日、横須賀市民の七割を越える住民が反対しているにもかかわらず、米原子力空母ジョ-ジ・ワシントンが強制的に横須賀基地に配備されました。わたしたちは以下の理由によりこの配備に断固反対し、抗議します。

<理由.>
1. 横須賀市民の反対する最大の理由は「原子炉(原発)を2基も積んだ空母が入港した」からです。(福井美浜原発1号炉[34万kw]の2基分以上に相当) もし一旦艦船で事故が起き、放射能漏れが起きれば、その被害は計り知れず、神奈川県、首都圏全域に及びます。
2. にもかかわらず米軍は空母の原子炉の設計、構造等を「軍事秘密」の名のもとに一切明らかにしていません。しかも「市民の生命の安全を守らねばならない横須賀市(長)」にも一切明示していません。これでは市民を事故から守ることなど全く不可能となります。しかも、日本政府は空母の「安全調査・審査」を実施しないということです。「米政府、米軍関係者が安全だと言っているから安全だ」というのがその理由です。これは何の証拠も提示されないで「信じればよい」と脅迫されているに等しいものです。
3. また、横須賀のある三浦半島の断層群は、全国の主要な活断層の中でも地震の発生率が高いグループに属しており(平成14年、文部科学省地震調査委員会)、地震発生時に津波などによる座礁や岸壁への衝突などの不安を禁じえません。
4. 政府は「日本国と日本国民を守るため、日米軍事強化を一層推し進める」といいます。「原子力空母の配備はその一環だ」と言われますが、「原子力空母が横須賀基地に存在すること自体が恐怖そのもの」です。
5. 随って、本気で「国民の生命を守る」意思がおありならば「空母」を一刻も早く米国へ帰港させて下さい。


 以上、「空母の配備」に断固として抗議し、「配備の撤廃」を強く要請します。


 9月1日から3日間にわたり敦賀市で開催された「原子力行政を問い直す宗教者の会・敦賀大会」での研修及び協議をもとに、以下の要望書を提出しました。
 その上で10月1日、近藤正道議員の協力により、参議院議員会館第2会議室において、経済産業省の原子力安全委員会、原子力安全保安院をはじめ、外務省や内閣府等関係省庁の担当職員を呼び、回答を得ると共に1時間今日にわたり話し合いの時間を持ちました。 →報告(概要)

原子力委員長 鈴木篤之様
原子力安全・保安院長 薦田康久様
2008年9月24日
原子力行政を問い直す宗教者の会
 世話人会東京共同代表 阿蘇 敏文
東海林 勤
 「原子力行政を問い直す宗教者の会」は、原子力に関する国策を憂慮する各地の宗教者(仏教、キリスト教、神道など)の全国ネットワークです。1993年、「もんじゅ」の初臨界が迫っていたとき、宗教者が敦賀に集まって結成しました。「もんじゅ」が運転試験1年半でナトリウム火災事故を起こしてから13年、今再開を目指しており、並行して六ヶ所再処理工場も来年の操業開始を目指しています。
 私たち宗教者は、原子力が人間を含む生き物の命を脅かすにもかかわらず、日本の原子力政策は命よりも経済・軍事優先で推進されていることに強い懸念を抱いています。そこで去る9月1~3日敦賀市に全国から90人の宗教者が集まり、『再処理~もんじゅは総ヒバクと核武装への道――無核・無兵を!』という主題で学習し、協議をしました。
 この集会を代表して、貴委員会に以下のとおり見解と要望を述べます。
1.原発震災

 昨年7月の中越沖地震による柏崎刈羽原発事故は、地震による原発大事故の可能性が日本のすべての原発に迫っていることを示しました。柏崎刈羽原発は地震が中程度で余震も軽く、たまたま3機が停止中であったこと等により、辛うじて苛酷事故を免れたけれど、それでも構内地表は波打ち、7基が別な向きに傾いて、地下に重大な変化が生じたことを現わしました。直下に活断層があることも判明しました。たった3ヶ月の調査でも、7機と構内建物、設備に3,000件の損傷やトラブルが見つかりました。これらの原発が今後使用に耐えるとは、誰も本気で考えることはできないでしょう。

 地球は今地殻変動期で、日本は阪神・淡路大震災の頃から活動期に入り、今後40年は続くと予想されます。耐震設計審査指針(1978年)以前に建てられた原発は言うまでもなく、一部改訂の81年指針(旧指針)、さらに大幅改訂した06年の新指針をクリアした原発も、起こりうる大地震に耐えられるか、懸念されます。耐震審査は国が決めた立地を安全審査した後に行なわれるので、立地変更を要求するような耐震審査結果は出さないからです。手加減は、新指針そのものの中に含まれているし、指針の実際の適用時にも加えられます。そのため立地の直下か直近に断層があっても、それはない、あるいは影響ないとされてきました(石橋克彦氏)。

 断層は地下も海底も未発見のものが多く、その上、日本では断層がない地も震源地となり得ます。とくに海岸の地帯は地震に弱い地域です。それでも、この国ではどんな老朽原発も安全とされるのです(ex.浜岡原発訴訟の一審判決)。

 老朽化は深刻な事態です。老朽化は、定検短縮と運転長期化、熟練技師・作業員の減少、下請け孫請け企業や3次、4次請負会社への検査・補修の丸投げなどと重なって、事故の多発を招きます。放射線影響協会に登録された被曝労働者の数は42万人を超えました。それでも、被曝によるがんや骨髄腫、免疫不全と罹病、死亡は隠されていて、労災認定はたった10人です。地域住民の被曝の実情も隠されています。

 その上、ひとたび地震災害と原発の苛酷事故が複合し、「原発震災」となれば、人類未体験の破局的災害となり、現地被災者の脱出も外からの救援も困難を極め、多くの命と地域が放棄されるでしょう。国土の広い地域が被曝地となり、放射能汚染が地球全体に広がり、その影響は遠い未来の世代に及ぶでしょう。

 地震研究者たちは、若狭と浜岡でとくに原発震災の危険が高いと警告しています。これらの地元はもとより、風向きによって京阪神、中京圏、首都圏もそれぞれ大災害に見舞われるでしょう。百万単位の数の人々の生命・生活とこの国の産業機構が、想像を絶する崩壊に陥るでしょう。「総ヒバク」は空想ではありません。そのときには私たちが顧みなかった被曝労働者と現地住民の苦境とそれを超える悲惨を、私たち自身の境遇として引き受けるほかないでしょう。ふだん放射能の危険は分かりにくいとはいえ、自分が電気で恩恵を蒙った人々の命と人権を無視すれば、その結果は自分にはね返ってくるということです。

 こうは言っても、ただ悲観してはいられないし、この状態を脱する道はまだ開かれています。それは、国と企業がどんなに隠しても聞こえてくる原発被害者の訴えに心の耳を傾け、被害者と手を組んで被害を食い止めることです。幸い今日、一般市民の間にも危機意識が広まってきました。私たちは危機を新たな生活、政策への転機として捉えます。
2.核武装

 政府と企業は、六ヶ所村に集めた使用済み核燃料を早く処理しないと、原発構内の一時貯蔵プールが満杯になって原発の操業できなくなると言って、再処理工場の操業開始を急いでいます。しかし大量の高レベル放射性物質を扱う原子力プラントの危険性と、不安定な化学プラントの危険性を合わせ持つ工場の運転はひじょうに危険な作業です。英国のソープ再処理工場は2005年に配管破断事故を起こして停止してから、放射能のため事故調査もできない状態が続いています。原発「先進」諸国が安全性、経済性を理由に撤退した再処理工場を、日本はソープの2倍もの規模で建て、運転しようというのです。しかも、工場敷地の直下に断層が走っているのに、です。地震国の活断層の真上に巨大な再処理工場を新設するとは、どういう神経でしょうか。さらに過酷事故がなくても1日で原発1基1年分の放射能汚染を引き起こすと言われます。汚染はすでに試験の段階で広がっています。

 それでも六ヶ所再処理工場の操業を目指すのは、プルトニウム利用の「核燃料サイクル」の要になっているからでしょう。ところが、原子力基本政策「核燃料サイクル」がまったくの虚構であることは、もう否定しようもありません。まず第一に、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」が機能せず、実証炉も計画を立てられないからです。「もんじゅ」はきわめて不安定なプルトニウムを燃料にし、同時に爆発しやすいナトリウムを冷却材として大量に動かすという、安全上両立しえないことをする装置です。生産できる電力も原発1機の3分の1以下、運転して取り出せる燃料用プルトニウムは微々たるものです。

 第2のもっと重要なことは、「もんじゅ」運転が目指すプルトニウムは実は燃料用ではなく、きわめて同位体率(純度)の高いプルトニウムであることです。すでに高速炉「常陽」が純度99,2%のプルトニウムを12.2kg生産していたし、「もんじゅ」は1年半の運転試験中に純度99,8パーセントのプルトニウムを17kg生産していました。いずれも「使える核兵器」つまり戦術核に適したプルトニウムです。その量は両方合わせておよそ核兵器20発分です。今後「もんじゅ」が10年間正常に運転できれば620kg生産し、以前の20発分を加えて300発以上の兵器用プルトニウムができます。このプルトニウムを抽出する特殊な再処理工場「リサイクル機器試験施設」(RETF)は、東海村に建設され、「もんじゅ」再開にあわせて運転を開始するよう、すでに準備が整っています。(槌田敦氏)。

 米国はレーガン政権のときに戦後の日本非核化方針を変更し、アジアの核戦争を日本に肩代わりさせることにしました。日本の核武装は90年代の日米軍事再編の秘められたアジェンダでした。日本の政界には、サンフランシスコ講和条約の頃から将来の核武装を目指す動きが始まり、平和利用三原則、原子力基本法、非核三原則にもかかわらず、一貫して核武装への強い志向が働いていました。それがついに具体化し始めたのが、日米軍事再編の現状です。米国は最近RETF運転に関する技術供与を進めています(藤田祐幸氏)。

 「もんじゅ」の近くに活断層があることは以前から知られていた上に、近年、地下に活断層が2本あることが判明しました。大量のプルトニウム燃料と複雑なナトリウム配管を内蔵する「もんじゅ」が地震に遭えば、想像を絶する惨事となります。13年も操業を休止し劣化したこの異様な施設を、十分な安全審査も経ないで再開するなら、言語道断です。

 政府の原子力政策は、プルトニウムをウランにまぜて炊くという危険なプルサーマル計画を地方の電力会社と自治体に押し付けて、かろうじて核燃料「サイクル」を掲げていますが、本心では再処理から核武装へと「一直線」に軍事大国化をめざしているようです。そのため六ヶ所再処理工場と「もんじゅ」はどんなに危険でもやる、この国の市民と社会の命取りになろうともかまわない、ということであるなら、これは無謀な太平洋戦争に突入した時より桁違いに無謀な政策ではないでしょうか。起こり得る惨事に誰が責任を取るのですか。

 しかも米国からはあらたに首都圏に、北太平洋から中東までをカバーする米軍総司令部(キャンプ座間)と、最新鋭の原子力空母ジョージ・ワシントン(母港横須賀)を押し付けられました。これらは日本の安全を守るよりも安全を脅かします。ミサイル防衛網も同様です。とくに空母の原発は商業用原発より事故を起こしやすく、また地震―三浦半島に活断層群―による水位の変化等から過酷事故を起こしかねないのです。そのときには首都圏に百万人以上の死亡が予測されます(上澤千尋氏)。
要 望

 そこで私たちは原子力安全委員会と原子力安全・保安院に要望いたします。
1) 原子力政策は経済成長、GDP上昇を目標とせず、人命と人権、人間を含む生き物の安全と幸福を目標とするように、政策全体を捉えなおしてください。
2) 被害者の訴えを聴いてください。原発が被曝労働なしに成り立たないこと、被曝の実情、また原発が想像を絶する災害を引き起こす危険があることを、市民―被災の渕に立つ当事者―に正確に周知させてください。真実な姿勢で、市民と対話してください。情報公開を徹底し、公聴会、シンポジウム、懇談会を開いてください。
3) 廃炉と高レベル放射性廃棄物をできるだけ安全に管理し処分することに、ためた知恵、技術、資金を集中的に用いてください。
4) 敦賀3,4号機などの新設計画をすべて取りやめてください。
5) 柏崎刈羽原発の廃止を決定し、すべての原発を―とくに若狭と浜岡で―老朽化の度合いと耐震の見直しによって、速やかに順次停止、廃止してください。
6) 耐震性強化と防災計画は原発震災にも対応するよう、抜本的に改めてください。
7) 2005年に決定された「原子力政策基本大綱」を、その後に生じたさまざまな重要案件を考慮して全面的に見直してください。とくに再処理工場は工程の要となるガラス固化が頓挫した今、即時完全に中止し、「もんじゅ」の操業準備も即時中止して、再処理―プルトニウム利用という基本線を転換してください。
8) プルサーマル計画をやめて「核燃料サイクル」という看板をおろし、プルトニウムを無力化する研究を進めてください。
9) 日本が過去の侵略と支配に向き合うこともしないで核武装をすれば、アジアの対日批判は高まって日本はさまざまな困難に遭うでしょう。そのとき日本が国家主義を募らせれば、最悪の事態もありえます。日本が核武装に向かい、核戦争が現実味を帯び始めた今こそ、非武装の意味も明らかです。無核・無兵(非核・非武装)が、平和と安全の唯一の道です。日本国憲法の平和主義を原子力の観点で生かしてください。
 米原子力空母の横須賀母港化に対して、同空母の速やかな撤収を求めてください。
10) 政府と少数の独占的な電力会社は、原発関係で巨額の浪費とギリギリの危険を露呈しています。なによりもカネにものを言わせることで、自他共に人心の荒廃を招いています。原子力委員会は、日本の電力を天然ガスとコジェネレーションへ、再生可能なエネルギーへ、地方分散型体制へと転換してください。市民がだれも犠牲を強いられず、たがいに他を思いやり、平和に豊かに暮らすことに、予算(もとは税金)を回してください。市民は本来アジアの人々と信頼しあい、平和と安全を築く知恵と力を持っています。
以上


 要望書提出行動のあらまし(報告)
2008年10月1日(水)
14:00~15:00
   参議院議員会館第2会議室
 敦賀全国集会のパネラーとしてご参加の、近藤正道議員の紹介で実現しました。
要請者:
東海林勤 阿蘇敏文 大河内秀人 内藤新吾 成田小二郎 渡辺 峯
    (以上、原子力行政を問い直す宗教者の会世話人)
坂内義子(NCCチェルノブイリ委員会委員長)
大久保進(キリスト者医科連盟)
濱野道雄(バプテスト連盟公害問題協力委員)
富田直美(NCC平和・核問題委員会スタッフ)    計10名

対応者
経済産業省
 「原子力安全・保安院」
     原子力安全広報課    田村 傑
     原子力発電検査課    田口達也 他2名
     原子力発電安全審査課  本橋隆行 内藤浩行 竹之内修
     原子力防災課      大橋良輔
     放射性廃棄物規制課   小山田巧
 「資源エネルギー庁」
     電力・ガス事業部原子力立地・核燃料サイクル産業課  田岡卓晃
     電力・ガス事業部原子力発電立地対策・広報室     塚本敏文
     電力・ガス事業部放射性廃棄物等対策室        大浅田薫
文部科学省
     研究開発局原子力開発課  阿部
内閣府
 「原子力委員会」
     席上調査員  立松篤      
     主審 佐藤貴幸
 「原子力安全委員会」
     総務課長補佐    岩松広樹
     審査指針課長補佐 池田英貴
     管理環境課長補佐  樋口晋一   
     規制調査課・総括規制調査官  宮本 久
 「防災」
     参事補佐官   城 譲
外務省
     総合外交政策局・安全保障政策課 川久保
     日米安全保障条約課       菅原     以上合計22名

概要:
こちらからの10項目の要望に対して、応答いただいたが、どの要望に対しても具体的な答えを得たものはない。また、被爆労働者のことは、厚生労働省の管轄であるとし、回答を得ることも無かった。内藤牧師の浜岡でのシンポジュームの要望に関しても、「持ち帰って上司と相談する」との回答で、今回も先送りとなった。




(1)「原子力行政を問い直す宗教者の会」とは
 「原子力行政を問い直す宗教者の会」は、欧米各国が撤退する中で唯一プルトニウム利用政策に突進し「牽引」していこうとするこの国の原子力行政に対し、それぞれの宗教信条に基づいて強い疑問と憤りを抱いていた全国の宗派教派をこえた宗教者が集まり、始動した。当初「もんじゅ」の臨界が予定されていた1992年、国と「対話」を行い、その過ちをただし改めさせるための第一歩を踏んだ。翌93年、「もんじゅ」の地・敦賀で、会の正式発足となった。

 会では、立場の異なった原発現地及び都市圏の宗教者が集い論じ合う中で、原発の本質にもつ「差別」の実態に逢着することになった。すなわち、この国の人々が、原発「必要神話」を受け入れ「豊かさ」「快適さ」を謳歌することによって、被曝労働者へはもちろん、原発現地住民、六ヶ所村住民、そしてアジアの人々に対してまでも、私たちは加害者に立たされている現実を確認した。それこそが、今日の「国策」原子力行政の特質であり、過去の「国策」侵略戦争における背景や状況を想起させ、顛末をも予測させるものである。私たちは同じ轍を踏むことをさけるべく、「国策」の過去と現在を問い、自己や所属教宗派のあり方をも問い直しながら、未来へのビジョンも探求したい。

 その間、事実経過そのものが、予測に先行して、原発・核燃サイクルの「安全神話」「必要神話」の虚構性・欺瞞性を雄弁に語っている。相次ぐ動燃事故とその事故処理の実態は、プルトニウム利用の危険性と不合理性を示したにとどまらず、責任所在が欠如しながらも迷走する、ほころんだ「国策」の内実を明らかにした。一方、物質的繁栄のみを扇動され、人間関係を分断され、いのちそのものをモノ化し軽くさせる各種犯罪が増加している。「豊かさ」によって心身を蝕まれていく人々の苦悶をこれ以上見過ごすことはできない。これら、いよいよ破滅に直面したこの国の惨状には、「国策」=原子力行政の影が映る。私たちの会は、「いのちの尊さ」の共通の土台に立脚し、自らの過去の戦争責任を問い反省しながら、犠牲にされている人々に連帯して、国の棄民政策を改めるよう求めるものである。

 既に、「わが国の将来を左右する重要問題である原子力政策やエネルギー政策の展開について」、「これまでの経緯にとらわれることなく」、「原子力長期計画を見直すこと」と、3県知事による「提言」が国に対して出されている。新潟県巻町の住民が自主的に運動を展開し実行した住民投票の結果において、原発建設反対の多数の意志が明確になっている。状況は確実に変化している。私たちはそれらを踏まえながら、以下「提言」を試みるものである。
(2)過去の「国策」に対して宗教者はどう対応してきたか?
 近代化を急ぐ維新政府は、欧米列強に追い付こうと「文明開化」政策を進めるかたわら、「脱亜入欧」とアジアヘの蔑視感を植え付け、「富国強兵」策を強力に推進し、早くからそれらの諸国への軍事侵略を行い、それは敗戦に至るまで執拗に続けられてきた。この国の近代化は、アジアの民衆への差別に基づく人命や財産の椋奪、犠牲を強いることによって、成り立ったものであった。

 これらのイデオロギー支配を策した政府は、神社神道を国家神道として統合し、天皇に隷従する独善・排他的な国家主義「臣民」をつくり上げた。そして他の諸宗教もこの絶対天皇制に取り込まれ、国家神道思想への加担・協力を求められた。布教・伝道の名のもとに、これを扶翼し、民衆へ教育し、戦地におもむかせ、侵略戦争の加害者に自他共に仕立て上げた。そしてこれらの後遺症は、今日においてもなお時として噴出するほど根強い(靖国問題を取り巻く状況)。私たち宗教者は、かっての「国策」=侵略戦争を防ぎきれなかったというより、教団によっては積極的に加担した背教的歴史を、真摯に反省懺悔しなければならない。

 この国は、戦後半世紀以上経過していまだに戦争責任を清算していない。そればかりか、多くの場面でかっての過ちをくり返そうとしている。誰も責任を取ることのないこの国の体制は今日も同様であり、国民をマインドコントロールしつつ、「繁栄」のためにアジアの民衆を切り捨て、踏み付けにする構造(アジアヘの原発輸出の動き)は、現今の原子力行政において端的にあらわれ、かっての「国策」=侵略戦争の経過にあまりに酷似している。私たちは二度とだまされることは許されない。
(3)現在の「国策」=原子力行政と私たち宗教者
 戦後日本は戦争の清算ならぬ「戦後復興」ではじまり、さらに「経済成長」を「国策」として推進することとなった。その間、水俣はじめ各地に公害を発生させ、健康を蝕ませるにとどまらず差別を加えてきた。それにともなう諸矛盾には目をつぶり、大量生産・大量消費・大量廃棄に必然的に突き進み、省みることはなかった。まさに、これらの延長上に今日の原子力行政が構築されている。エネルギー危機が演出され、「石油の次は原子力」という虚偽が弄された。そしてこれを機に、飛躍的に原発政策が打ち出された。(今日の「原発はCO2を出さないからクリーン」という虚偽宣伝にも通じる。)今日においても、これらの宣伝や物質的欲望の扇動による「原発必要神話」は、多くの人々の心を縛っている。

 本来、これらの収奪的物質偏重文明のあり方をこそ批判し、ただしていくべき宗教者自身がこれにどっぶりつかり、また肯定している現状がある。既に、加害者側に立たせられている。「原発必要神話」を支える陰に、被曝を余儀なくされる現場労働者、日々事故の不安に脅かされる現地住民の姿がある。さらにこれが、アジア諸国民にまで波及されようとしている。私たちは自らを問い直しながら、これら犠牲を強いられる人々との真の連帯を目指したいと願っている。

 また一方で、戦後さらに顕著になった米国寄りの科学技術立国を目指す動きは、容易に原発推進政策に結び付いた。そして、これは人々を神仏ならぬ「科学技術」信仰へ導くものとなった。「もんじゅ」「ふげん」の命名の由来は、巨大な核エネルギーを科学技術でコントロールするという傲慢さと、いささかの葛藤の跡(神仏頼み)を物語っている。この似非「信仰」は、科学技術で未解決の問題も未来には解消できる、という楽観的かつ責任不在の独り善がりの「信仰」であるが、数々の宣伝や扇動により、多くの人々がその有害な信者になってしまった。

 現在の「国策」=原子力行政は、事故や放射能汚染の直接的問題に加え、あらゆる面で害毒を流している。各種交付金制度をめぐる現地での札束攻勢は、人々の拝金主義と人間不信を増長させている。これによって地域経済は窮地に陥り、地方(住民)自治の後退を余儀なくされている。さらにその刃は、伝統的な精神文化の領域にまで向けられている。人々は益々刹那的・利己的になり、心の汚染・荒廃はとどまるところを知らない。これら原子力行政をめぐる状況は、何よりも平和をあらゆる段階において脅かし、将来世代や各方面にわたって破壊を招かざるをえない。

 このような現状に接しながら宗教者が沈黙していることは、もはや犯罪行為に等しい、と私たちは認識している。
(4)未来展望(ビジョン)の探求
 国をあげてかくも強硬に推進されてきた原子力行政も、相次ぐ事故や事故処理等を通じてみずから墓穴を掘ると同時に、電力事情の変動をはじめ世界の潮流の変化をうけて、今後修正を迫られることだろう。原子力は既に若者の心を引き付けるものではなくなり、各大学の「原子力工学」は縮小・廃止の方向にある。しかし、技術者の育成に困難をきたす動向は、現場におけるマニュアル頼みの傾向を一層顕著にし、一連の動燃事故に見られるような混乱を引き起こす可能性を強めている。これは由々しきことである。仮に今、すべての原発を廃炉にし、施設を閉鎖したとしても、放射性廃棄物の安全管理は永続されなければならない。人類の負の遺産の管理を幾世代にもわたって怠ることは許されない。今後は、原子力を選択した現代世代の将来世代への責任・使命として、いわば後始末のための技術や人材を開発育成する必要がある。

 その上で、エネルギー対策としては、原子力に代表される巨大資本・技術による独占管理体制から、太陽光熱、風力、地熱、バイオ等による地域の小規模分散型の発電(新エネルギー)へ転換をはかるべきである。私たちは、再生可能で公平な自然の恵みに感謝しながら、これを用いることで、自然や人間との分断された関係を修復し、有機的なつながりを取り戻すことができる、と期待している。

 また、私たちはエネルギー消費のあり方自体も問わなければならない。自身の生活のあり方を見直す中で、過剰な物質的欲望から脱し、足ることを知り、自然の前で謙虚でありたい。省エネルギーのそれぞれの推進と努力は今後欠かせない。既に省エネを効果的に実行したり、太陽光発電の導入に独自の助成策を進めている自治体もあらわれている。

 私たちは、これらの動きを踏まえ、さらに市民や各分野の人々と提携を深めていきたい。私たちは、原子力に代表される、国家が人の生死を規定するあり方を敢然と拒否し、また生死を国家によって奪われてきた人々と思いを共有しながら、自然やすべての「いのち」との共生を目指し、互いに支え合い、敬い合う社会の実現に向けて、なお一層の信と力をささげよう。出会うことの決してない遠い将来世代と、今、私たちは確実につながっている。
(5)提言
 以下にかかげる私たちの提言は、現在の危機的な「国策」=原子力行政にいかなる方向転換を迫るべきかという、いわば根幹に相当するものである(下の概略図も参照)。それから派生する枝葉や収穫すべき果実については、さらに衆知を集め、広く連携・協力することを訴えたい。
①超危険・超浪費・反平和をまねく再処理~プルトニウム利用からの勇気ある撤退を
  (機構・予算の縮小→廃止へ)。

②これまでの過誤をくりかえさないために、原発不増設、アジアへの原発輸出禁止を
  (⑤の堆進と、それによる貢献を)。

③全生命圏と後世代のために、既設原発とその核廃棄物の後始末を
  (その中・長期計画の策定、機構・予算の確保を)。

④棄民政策の最前線に立たされている、被曝労働者の安全・救護対策を
  (機構・予算の拡充を)。

⑤自然と人間と地域性などを大切にする、省エネルギー対策、新エネルギー開発を
  (機構整備、予算の大幅な拡充を)。